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会員リレーコラム第7回 +++コミュニケーションの限界+++ 佐 藤 太 紀 そもそも人と人とのコミュニケーションは全て誤解の上に成り立っている。ということを考えてみる。 コミュニケーションとは、自分の思考(イメージ)を相手の脳内に、3D画像のように再構成させるための”媒体”とその行為を示している。 喜怒哀楽や、言葉、画像など、さまざまなコミュニケーションのツールがあるが、どれをとっても自分とイメージを相手に再構成させることは不可能である。 たとえば「家」という言葉一つにしてもいろいろな解釈があるからである。これらのツールが圧倒的な量で、しかも有機的に複雑に絡み合い、構成されているのだから、おなじことを想像させることは厳密には不可能である。生物はその情報を伝達する手段としてのコミュニケーションは必要不可欠であるし、脳の仕組みからして、その対象を何かにカテゴライズしながら認識してゆくため、コミュニケーションは、その方法が何であれ、全ては”似たようなイメージ”を再構築(=誤解)させるだけであり、それだから宿命的に限界があることを人はきちんと認識すべきである。 だから「話せば解る」ということが幻想であるのは自明だが、だからこそ言葉をはじめとするコミュニケーション媒体は重要で、大切に扱うべきなのである。 また言葉というコミュニケーション媒体に一度変換し、その言葉で解釈が変わり、それまでの経緯や伝えるべき本質が見失われてしまうことにも留意しなければならない。 これを解消してゆくには、相当量の時間をかけ、感情のぶつけ合いをすることが、もっとも有効な手段である。そこで”共通言語”が発生するからである。 +++トイレ+++ 先日の夕刻、薄暗くて誰も居ない公園の公衆トイレに急いではいり ました(和式で、しゃがむとドアが背面になる配置でした)。 しゃがみ、一段落してほっと一息ついたとき、前方の壁に何やら小さ な文字で書いていることに気がつきました。 「右を向け」 私は何の疑いもなく右を向きました。 もしろんケツを出したままなので首しか回りません。 そしてその右側の壁には、 「左を向け」 という文字。 やはり反射的に左を向いたら、そこには、なんと、 「後ろを向け」 と書いてあります。 ・・・それは私が入ってきたドアの内側のことです。 いよいよなんだか薄気味悪くなりましたが、恐る恐る後ろを向きました。 そして、そこには 「キョロキョロするな」 と書かれていました。 まんまと騙されましたが、私はしゃがみながら、しばらくカラカラと 笑っていました。
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